一台のピアノが百年をつなぐ——『白と黒のソナタ』が静かに問いかけるもの
宇佐美まことさんの最新作『白と黒のソナタ』は、一台のグランドピアノを軸に、大正から現代までの百年を描いた長編小説です。
祥伝社より2026年4月9日に発売されたこの作品は、328ページにわたって、愛と喪失、才能と運命、そして時を超えた「つながり」を描き出しています。
物言わぬピアノが時代をまたいで立ち会う——そのコンセプトは、読者の心をゆっくりと、しかし確実につかむと評価されています。
宇佐美まことさんといえば、ミステリや怪談的な雰囲気を持つ作品で広く知られる作家です。
本作では、歴史的な背景と現代的な葛藤が一台の楽器を通して重なり合い、独特の余韻を生み出しているといえます。
音楽をめぐる人間ドラマとして、また百年という時の流れを通じた壮大な物語として、幅広い読者に届く一冊です。
あらすじ
大正十二年、ロンドン。
駐英大使・平松伯爵の娘・随子は、才能ある若きピアニスト、グスタフ・アッカーと出会い、恋に落ちます。
芸術への理解が深い父・平松伯爵は、アッカーのためにロンドンで特注のグランドピアノを作らせるほどでしたが、随子には過酷な運命が待ち受けていました。
この世に二つとない至高の一台として誕生したグランドピアノ。
それは贈られるはずだった相手のもとへは届かず、その後も長い時間をかけて様々な人々の傍に在り続けることになります。
時代は流れ、戦前・戦後をくぐり抜けた現代の日本。
世間の注目を集める若手ピアニスト・友澤伸多は、仕上がったはずの曲が突然弾けなくなるという危機に直面します。
ピアニスト生命を左右しかねないその苦境の中で、伸多はある一台のピアノと出会うことになります。
百年の無念と切なる願いを静かに抱えたまま、そのピアノはただそこにあった——。
戦前の栄華と悲恋、そして現代の苦悩が、一台の楽器を通じて響き合う物語です。
著者について
宇佐美まことさんは、1957年5月27日生まれ、愛媛県松山市在住の作家です。
2006年、「幽」怪談文学賞 短編部門大賞を「るんびにの子供」で受賞し、文壇にデビューしました。
怪談・ホラー的な空気感を持つ作品からキャリアをスタートさせた宇佐美さんですが、その後は人間の業や歴史の闇をテーマにしたミステリへと活躍の場を広げていきます。
2017年には、『愚者の毒』で第70回日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)を受賞。
確かな評価を得た作家として、現在も精力的に作品を発表し続けています。
確認されている代表作としては、受賞作『愚者の毒』のほか、『黒鳥の湖』『羊は安らかに草を食み』があります。
いずれも人間の心の深部に光を当てた作風で知られており、本作『白と黒のソナタ』においても、その眼差しは健在といえます。
歴史と現在をつなぐ構成、そして登場人物の心理を丁寧に描く筆致は、宇佐美さんならではのものでしょう。
読みどころ
一台のピアノが担う「語り手」としての存在感
本作において最も印象的なのは、ピアノという物体が物語の骨格を担っているという点です。
ロンドンで特注された唯一無二のグランドピアノは、随子とアッカーの恋が生まれた時代から、戦前・戦後の激動を経て、現代の友澤伸多と出会うまでの長い時間を生き延びます。
人間は年を重ね、やがて消えていく存在ですが、物は時に人よりも長く、静かに時代を見届けます。
ピアノは喜びの場にも悲しみの場にも寄り添い、その傍らで何もかもを見ていた——そのような存在感が、物語全体に独特の奥行きをもたらしています。
「物言わぬ証人」としてのピアノという視点は、読む者に時間の重さと、人間の小ささをしみじみと感じさせてくれるでしょう。
大正ロマンと現代の対比が生む、時代を超えた共鳴
大正十二年のロンドンという舞台は、華やかさと哀愁が同居する特別な空気を持っています。
華族の令嬢・随子と才能あるピアニスト・アッカーの恋は、当時の時代背景や社会的な制約の中に置かれることで、より切実な輝きを帯びます。
そして現代の日本で描かれる若手ピアニスト・友澤伸多の苦悩は、時代こそ違えど「才能と向き合う人間の孤独」という普遍的なテーマを共有しています。
百年という隔たりを持ちながらも、二つの時代の物語は鮮やかに呼応する——その構造が、読む者に一種の感慨を呼び起こします。
歴史小説の重厚さと、現代小説の心理描写が融合した、宇佐美さんならではの筆致が光る部分といえるでしょう。
「弾けなくなる」という恐怖の描写
音楽家にとって、楽器が弾けなくなるという経験は、存在そのものを揺るがすほどの危機です。
本作では、現代の主人公・友澤伸多がまさにその状況に追い込まれます。
仕上がったはずの曲が指から消えていく——その描写は、音楽家特有の恐怖を丁寧に掘り下げながら、「自分とは何か」という問いへとつながっていきます。
才能があると周囲から認められながら、自分の内側から崩れていく感覚。
ピアニストという職業の特殊性を超えて、何かに情熱を注いだ経験のある人間であれば、深く共鳴できる部分があるといわれています。
この危機がどのように展開するのか、詳細は本書でご確認いただくのがよいでしょう。
こんな人におすすめ
音楽と文学の交差点に惹かれる読者に
クラシック音楽やピアノに興味を持つ読者にとって、本作はとりわけ親しみやすい一冊です。
グランドピアノという楽器の美しさや、ピアニストという職業の孤独と喜びが、物語の中心に据えられています。
音楽をこよなく愛する人にとって、読後に響くものは大きいでしょう。
時代を超えたドラマを好む読者に
大正ロマン、戦前・戦後の歴史的空気感、そして現代のリアルが一つの物語の中に凝縮されています。
複数の時代が交錯する構成を好む読者や、歴史の流れの中に人間ドラマを見出したいという読者にとって、本作は満足度の高い体験をもたらすといえます。
時代小説と現代小説のどちらも楽しみたい——そのような読者に向いている作品でしょう。
宇佐美まことさんの作品を初めて読む人に
これまでの宇佐美さんの作品はミステリ色の強いものが多く、手を出しにくく感じていた読者もいるかもしれません。
本作は、ミステリというよりも人間ドラマや歴史ロマンの要素が前面に出ており、宇佐美さんの作品への入口として選びやすい一冊といえます。
文章の丁寧さや人物描写の深さは、初読みの読者にも十分に伝わるでしょう。
「物と記憶」をめぐる物語が好きな読者に
アンティークや古い道具に宿る記憶、時間をまたいで語りかけてくる「物」の存在感に惹かれる読者にとって、本作のテーマは響くものがあるでしょう。
一台のピアノという具体的な「物」が百年の証人となる構造は、物語の大きな魅力の一つです。
注意点
複数の時代を行き来する構成に慣れが必要かもしれません
本作は大正、戦前・戦後、現代という複数の時代を行き来しながら物語が展開されます。
歴史的な背景知識がある程度あると、より深く物語の文脈を楽しめるかもしれません。
時代の移り変わりに伴う登場人物の変化や、各時代の描写の切り替わりに対して、最初のうちは読者側の丁寧な読み込みが必要になる場面もあるでしょう。
読み進めるほどに構成の妙が明らかになっていく作品のため、序盤での判断よりも通読を経た上での評価が深まるタイプの小説といえます。
感情的に重い場面も含まれます
「百年の無念と切なる願い」という言葉が示すように、本作は随所に喪失や悲恋、苦悩といった重い感情を含む場面があります。
随子の「残酷な運命」や、友澤伸多のピアニスト生命を脅かす危機など、読み手の心に響く描写が続く部分もあるでしょう。
気持ちの準備をしながらゆっくりと読み進めると、物語の深みを丁寧に受け取ることができるでしょう。
おわりに
一台のグランドピアノが、百年という時間を静かにつなぐ。
『白と黒のソナタ』というタイトルは、音楽用語の「ソナタ」と、白鍵と黒鍵を持つピアノの姿を重ね合わせています。
光と影、栄華と悲恋、過去と現在——さまざまな対比が、この作品の中に凝縮されているといえます。
宇佐美まことさんは、長年にわたって人間の心の深部を描き続けてきた作家です。
その筆が、今回は百年という時間の流れとともに、物が宿す記憶と人間の願いというテーマへと向かっています。
ピアノの前で恋に落ちた令嬢の物語が、現代のピアニストの苦悩と交差するとき、物語は単なる歴史ロマンを超えた何かになっているかもしれません。
音楽がそうであるように、小説もまた、言葉を超えた余韻を残すことがあります。
本作を読み終えた後、読者の心に何が残るのか——それを確かめるのは、物語の中へと進んでいく読者自身です。
静かな夜に、一音一音を確かめるようにページを繰る読書体験が待っているでしょう。
時間をかけて丁寧に読みたい、そのような一冊です。
この記事があなたの読書選びの参考になれば幸いです。
おわり
ジャケドロ661
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