紫禁城で少年廃帝と解く謎——歴史ミステリーの新星が生まれた
1920年の北京、紫禁城。
清朝最後の皇帝として歴史に名を刻む溥儀が、まだ少年として城に暮らしていた時代を舞台にした歴史ミステリーが、高い評価を集めています。
『最後の皇帝と謎解きを』は、第24回『このミステリーがすごい!』大賞・大賞を受賞した作品です。
著者は犬丸幸平さん。
約40カ国を旅したバックパッカーとしての経験を持ち、現在はパキスタンへの絨毯買い付けを生業とする自営業者という、作家としては異色の経歴の持ち主です。
そのユニークなバックグラウンドがもたらす異文化への深い眼差しと、丁寧に紡がれたミステリーの構造が融合し、他にはなかなか見当たらない独自の読み味を生み出しています。
紫禁城という閉じられた空間で、日本人絵師と廃帝の少年がともに謎を解いていく——その組み合わせだけでも、読む前からどこかわくわくとした期待感が湧いてくる作品といえるでしょう。
352ページという読みごたえのある分量ながら、歴史ミステリーとしての骨格がしっかりしており、宝島社から2026年1月9日に発売されています。
価格は1,760円(税込)です。
あらすじ
1920年、中国・北京。
日本人絵師の一条剛は、かの有名な紫禁城に住む廃帝・溥儀に、水墨画の師として雇われることになります。
しかしその背景には、溥儀のある隠された目的がありました。
城に眠る水墨画を贋作にすり替え、真作を秘密裏に売却することで、清朝復興のための資金を調達しようというものです。
そうした複雑な事情を抱えながらも一条が城での生活を送りはじめると、やがて奇妙な出来事が次々と起きはじめます。
まず、使用人の宦官のひとりが密室で不審死を遂げます。
次いで、龍の絵に何者かの手によって目が描き加えられているという怪異が発覚します。
さらに、ある時を境に感情をまったく失ってしまった宦官の姿も目撃されます。
謎が謎を呼ぶ紫禁城の中で、一条は廃帝・溥儀とともにひとつひとつの謎に向き合っていくことになります。
やがてふたりの間には、立場や国籍を超えた友情が静かに育まれていく——そのような物語。
著者について
犬丸幸平さんは、1994年に大阪府箕面市で生まれました。
京都産業大学外国語学部英米語学科を卒業後、学生時代からバックパッカーとして旅を続け、中東・南米・アフリカを中心に約40カ国を訪れた経験を持ちます。
現在は、パキスタンへの絨毯買い付けを生業とする自営業を営んでいます。
作家を志すきっかけとなったのは、就職活動終了後にできた時間で、かつて好きだった推理小説を読み返したことだったといいます。
本作『最後の皇帝と謎解きを』は、第24回『このミステリーがすごい!』大賞・大賞受賞作であり、犬丸さんのデビュー作にあたります。
豊富な海外経験と異文化への深い理解が、紫禁城という舞台を生き生きと描き出すことへとつながっているのでしょう。
デビュー作からこれほどの評価を得たことは、今後の作品への期待を大いに高めるものといえます。
なお、本作以外の受賞歴や代表作については、書籍本体や関連メディアでご確認いただくのがよいでしょう。
読みどころ
紫禁城という「閉じた世界」が生む緊張感
歴史ミステリーの魅力のひとつは、現代とは異なるルールや風習の中に謎が埋め込まれているという点にあります。
本作の舞台である紫禁城は、その意味でまさに理想的な舞台といえます。
広大でありながら外界から切り離された閉鎖的な空間。
厳格な身分秩序が存在し、宦官や女官、使用人たちがそれぞれの立場と役割を持って暮らしています。
そのような世界の中で密室死体が発見され、謎の改ざんが行われ、不可解な変貌が起きる。
現代の日常とはかけ離れた舞台設定が、謎のスケール感とリアリティをともに底上げしています。
城の空気感や歴史的な背景が丁寧に描かれているからこそ、読み進めるうちに読者自身も紫禁城の廊下を歩いているような感覚に引き込まれていくのかもしれません。
謎を解くために必要な情報が、時代と場所の文脈に深く埋め込まれているという点が、本作の大きな読みどころのひとつです。
日本人絵師と廃帝——対照的なふたりの関係性
本作の核心は、謎解きの面白さとともに、一条剛と溥儀というふたりの関係性の変化にあります。
一方は異国からやってきた絵師。
もう一方は清朝最後の皇帝として生まれながら、帝政の終焉とともに「廃帝」となった少年。
それぞれが全く異なる立場と背景を持ちながら、同じ謎に向き合うことで徐々に距離を縮めていきます。
溥儀には清朝復興という重い目標があり、一条には絵師としての誇りと異国での孤独があります。
そのふたりが、謎を解くたびに少しずつ互いを理解していく過程が、物語に深みをもたらしています。
歴史上の実在の人物である溥儀を主要人物に据えながら、架空の絵師・一条との友情を丁寧に育てていくという構造は、歴史小説としてもミステリーとしても読み応えがあるといえるでしょう。
謎解きが進むたびに、ふたりの関係もまた動いていく——そのリズムが読者を最後まで引っ張る力になっています。
謎の多様性とミステリーとしての構造
本作に登場する謎は、密室での不審死というオーソドックスな形から始まりながら、その後に続く謎はいずれも一筋縄ではいかないものばかりです。
龍の絵に描き加えられた「目」という怪異的なイメージ。
感情を失った宦官という人間の変容。
これらはそれぞれが独立した謎として提示されながら、同時に城全体を包む大きな問題と絡み合っている可能性を感じさせます。
謎が多層構造になっており、ひとつひとつに答えを出しながらも全体像への好奇心が持続するよう設計されている点が、ミステリーとしての完成度を高めています。
また、贋作・真作というアート的なテーマが絡まることで、謎の動機に深みが生まれています。
絵画と謎解きという、一見すると異なる世界が一条という人物を通じて巧みにつなぎ合わされており、その構成の妙はデビュー作とは思えない洗練さを感じさせるといえます。
こんな人におすすめ
歴史小説とミステリーの両方が好きな人
歴史を舞台にした小説が好きだけれどもミステリーも読みたい、あるいはミステリーが好きだけれども日常的な現代舞台に少し飽きてきた——そのような読者にとって、本作は非常に満足度が高い一冊となるでしょう。
1920年代の中国という、日本人にも親しみやすいアジアの歴史的背景を持ちながら、謎解きとしての構造もしっかり機能しています。
歴史小説とミステリーが自然に融合した、稀少な読み味を楽しめます。
溥儀や清朝の歴史に興味がある人
清朝最後の皇帝・溥儀は、映画や歴史書を通じて知っている人も多いでしょう。
本作では、まだ若く城の中に暮らす少年としての溥儀が描かれています。
歴史的な事実を背景に持ちながら、フィクションとして肉付けされた人物像は、歴史好きにとっても新鮮な視点で溥儀という人物を再発見できる機会になるかもしれません。
清朝の終焉という歴史的な重さを帯びながら、物語としての魅力も十分に備わっています。
「謎」の多様性を楽しみたい人
密室ものが好きな人はもちろん、オカルト的な怪異、人間の不可解な変容など、さまざまなタイプの謎を楽しみたい人にも向いています。
連作短編的な謎の積み重ねがありながら、全体を貫く大きな物語も存在するという構造は、読み進めることへのモチベーションを保ちやすいといえます。
一つ一つの謎が解かれるたびに次の謎が待ち受けているという展開が、352ページを最後まで読み切らせる力を持っています。
異文化や旅への関心がある人
著者の犬丸幸平さん自身が40カ国以上を旅した経験を持つことからも、本作の描く「異国の空気感」には独特のリアリティがあります。
1920年代の北京・紫禁城という場所を舞台に、日本人が異文化の中で奮闘する姿は、旅や異文化に関心を持つ人にとって共鳴しやすいものかもしれません。
絨毯の買い付けでパキスタンに通う著者ならではの、異国への眼差しが文章に宿っているといえます。
注意点
歴史的な背景知識がなくても読めるが、あると一層楽しめる
本作は1920年代の中国・清朝末期という歴史的な文脈を背景に持っています。
溥儀や紫禁城について事前知識がなくても物語として読み進めることはできるでしょうが、清朝や当時の中国の状況についてある程度知っていると、登場人物の置かれた状況や葛藤がより深く理解できるかもしれません。
気になる人は、物語の世界を予習として軽く調べてみてから読み始めるのもひとつの方法です。
そうすることで、物語の重みをより豊かに感じ取れるでしょう。
歴史ミステリーはスピード感よりも世界観重視
歴史ミステリーというジャンルの性質上、現代的なサスペンスのようなスピーディな展開よりも、時代の空気感と丁寧な謎の提示を重視した語り口が中心となります。
352ページというページ数もあり、ゆっくりと世界観に浸りながら読むことを好む人には非常に合っているといえます。
一方で、テンポの速いアクション展開やどんでん返し主体のミステリーが好みの場合は、本作とは少し読書体験が異なるかもしれません。
その点を踏まえたうえで手に取ると、より本作の良さを味わいやすいでしょう。
おわりに
『最後の皇帝と謎解きを』は、歴史ミステリーというジャンルに新たな可能性を示した一作といえます。
1920年代の紫禁城という舞台の選択からして独創的であり、そこに日本人絵師という視点を持ち込むことで、読者は異国の歴史世界に親しみやすい入り口から踏み込めるようになっています。
謎解きとしての緻密な構造と、ふたりの人間の関係性を描く物語としての情感が、352ページを通じて共存しているのが本作の大きな魅力です。
第24回『このミステリーがすごい!』大賞・大賞という評価は、その完成度の高さを裏付けるものといえるでしょう。
著者の犬丸幸平さんは、バックパッカーとして世界を旅し、現在もパキスタンで絨毯の買い付けを営むという、非常にユニークなバックグラウンドを持ちます。
そのような経験が、紫禁城という閉じた異文化の空間を鮮やかに描き出す力の源泉になっているのかもしれません。
歴史小説ファンにも、ミステリーファンにも、そして単純に「面白い物語」を探している人にも、幅広く届く作品といえます。
年明けの読書としても、じっくりと腰を据えて読む一冊としても、非常に良い選択になるでしょう。
溥儀と一条が紫禁城の謎に向き合う姿を、ぜひ自らの目で確かめてみてほしい——そう感じさせる、注目のデビュー作です。
この記事があなたの読書選びの参考になれば幸いです。
おわり
ジャケドロ661
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