
話題沸騰の本屋大賞受賞作——『成瀬は天下を取りにいく』が描く、唯一無二の青春
宮島未奈さんによる小説『成瀬は天下を取りにいく』(新潮社)は、2024年本屋大賞をはじめ坪田譲治文学賞など、前人未到の16冠を達成したと話題になっている作品です。
2023年3月に単行本が発売されると瞬く間に注目を集め、2025年6月25日には文庫版も刊行されています。
成瀬あかりシリーズの第1作にあたる本作は、「破天荒な女の子」という言葉だけでは語りきれないほど、豊かで奥行きのある青春物語として多くの読者から支持を集めています。
笑えて、考えさせられて、じんわりと温かくなる——そんな読後感が評判になっている作品です。
読んだことのある人も、まだ手にとっていない人も、あらためてその魅力を整理してみたいと思います。
閉店する西武大津店から始まる、ある夏の物語
物語の発端は、中学2年生の夏にさかのぼります。
主人公の成瀬あかりは、幼馴染の島崎みゆきに向かって突然こう宣言します。
「この夏を西武に捧げようと思う」——。
コロナ禍の影響で閉店が決まった地元の商業施設、西武大津店。
成瀬はその閉店までの期間、毎日足を運んでは店内で行われる生中継に映り込もうと試みます。
傍から見れば不思議な行動でも、成瀬にとってはれっきとした「目標」であり「挑戦」です。
本作は、そんな成瀬の高校時代を中心に描いた連作短篇集の形式をとっています。
M-1グランプリへの挑戦、実験のために自ら坊主頭にすることを決断するエピソード、二百歳まで生きると宣言する場面——。
ひとつひとつのエピソードが独立した読み味を持ちながら、全体を通して「成瀬あかり」という人物像が鮮やかに浮かびあがってくる構造になっています。
そして、幼馴染の島崎みゆきという視点人物を通して、成瀬の言動はよりいっそう生き生きと描かれています。
地方都市の日常風景の中に、ひとりの少女の「本気」が輝く——静かで力強い物語です。
著者について
宮島未奈さんは、滋賀県出身の小説家です。
本作『成瀬は天下を取りにいく』で2024年本屋大賞を受賞し、さらに坪田譲治文学賞も受賞するなど、前人未到の16冠を達成したと広く報じられています。
成瀬あかりシリーズは本作が第1作にあたり、続編も刊行されていることから、シリーズとして多くの読者に愛されています。
デビュー作からこれほどの評価を受ける作家は稀であり、現在の日本文学シーンにおいて注目度の高い書き手のひとりといえるでしょう。
本作以外の代表作や受賞歴については、詳細は書籍や公式情報でご確認いただくのがよいかもしれません。
読みどころ
「本気」であることの清々しさ
成瀬あかりという人物が多くの読者の心をつかんでいる理由のひとつは、彼女が何事にも「本気」であるからではないでしょうか。
閉店する商業施設に毎日通う、M-1に挑戦する、坊主頭にすると決めたらすぐ実行する——。
どれも客観的に見れば突拍子もない行動です。
しかし成瀬は、周囲の目を気にすることなく、ただまっすぐに自分の決めた目標へ向かっていきます。
その姿には、理屈を超えた説得力があります。
「なぜそこまでするのか」という問いに対して、成瀬はおそらく「やると決めたから」以上の答えを必要としないのでしょう。
その一貫した姿勢が、読者に爽快感と同時にある種の羨ましさをもたらすのかもしれません。
思春期の自意識や人目を気にする感覚と対極にある成瀬の在り方は、読んでいて不思議と解放感があると評判になっています。
地方都市の風景と「場所」が持つ力
本作の舞台となる滋賀県大津市は、実在の土地であり、実際に閉店した西武大津店というリアルな場所が物語の軸になっています。
フィクションでありながら、実在の地名や施設が登場することで、物語に独特のリアリティが生まれています。
地方都市に暮らす人々にとっては共感の多い風景であり、そうでない人にとっても「どこかにある日常」として受け取れる普遍性があります。
大型商業施設の閉店という出来事は、地域の人々にとって単なるビジネスの変化ではなく、記憶や感情が結びついた「場所の喪失」でもあります。
コロナ禍という時代背景も絡みながら、その喪失感と、それでも前へ進もうとする若者の姿が重なり合うことで、物語に深みが生まれているといえます。
「場所」に対する愛着や、変わりゆくものへの眼差しが、全篇を通じて静かに流れています。
成瀬の行動を追ううちに、読者もまたその場所を愛おしく思えてくるような、不思議な引力がある作品です。
島崎みゆきという「窓」の存在
成瀬あかりという人物の魅力は、幼馴染の島崎みゆきというフィルターを通して描かれることで、より鮮やかに際立っています。
島崎は、成瀬の言動に驚きながらも受け止め、時に戸惑いながらも寄り添い続ける存在です。
読者は島崎の視点に乗ることで、成瀬の世界に自然に入り込むことができます。
島崎が「普通」の感覚を持つ人物として描かれているからこそ、成瀬の「普通ではなさ」が際立ち、同時にその魅力が伝わってくる構造になっています。
ふたりの関係性は対称的でありながら、深いところで信頼と愛情で結ばれています。
成瀬の一方的なようでいて、実は互いに影響し合っているこの友情の描写が、本作の情緒的な核心といえるかもしれません。
幼馴染という関係の温かさと、それぞれの成長がもたらす微妙な変化——。
連作短篇の形式がそのダイナミズムを丁寧に捉えていて、読み進めるほどにこのふたりに愛着が湧いてくる作りになっています。

こんな人におすすめ
青春小説が好きな人
学校生活や友人関係、思春期ならではの葛藤と成長を描いた物語が好きな人には、特に馴染みやすい作品といえるでしょう。
成瀬の青春は型破りでありながら、その根底にある「何かをやり遂げたい」「自分らしくあたい」という感覚は、多くの人が共感できるものを持っているかもしれません。
甘酸っぱさよりも清々しさが際立つ、爽快な青春小説として広く評価されています。
実話ベースの舞台・時代背景に惹かれる人
コロナ禍という実際の時代背景と、実在する商業施設の閉店というリアルな出来事を織り交ぜた物語に惹かれる人にも、読み応えのある作品といえます。
フィクションの中に「あの頃」の記憶が刻まれているような感覚は、時代を経ても残る独自の読書体験をもたらすでしょう。
地方都市の風景に郷愁を感じる人にも、共鳴しやすい作品といえます。
短篇連作の形式が好きな人
各章が独立した短篇として完結しながら、全体を通じてひとつの大きな物語を形成するという連作短篇の形式が好きな人には、特に楽しみやすい作品でしょう。
読む時間が取れないときも1篇ずつ楽しめる読みやすさがありながら、全篇を通じて読んだときの満足感も大きいという、両面の良さを持っています。
成瀬というキャラクターへの理解が深まるほど、各エピソードへの愛着も増していくのかもしれません。
「ちょっと変わった主人公」に惹かれる人
いわゆる「普通」の枠に収まらない主人公の物語に惹かれる人にとって、成瀬あかりはまさに理想的な主人公といえるかもしれません。
突拍子もない行動を取りながらも、その根底には明確な意志と目的がある——。
そんな主人公と一緒に物語を歩むことで、日常の見え方が少し変わるような読書体験になるでしょう。
型破りでありながら、どこかで人の心を掴んで離さない成瀬あかりという存在は、出会うと忘れられない人物として語られることが多いようです。

注意点
コメディ要素と真剣さが共存する作品
本作は、成瀬の奇想天外な行動によって笑える場面が多くある一方で、コロナ禍や施設の閉店、成長に伴う人間関係の変化など、真剣に向き合うべきテーマも含まれています。
軽いコメディ小説を期待して手に取ると、予想以上に感情を揺さぶられる場面に出会うこともあるかもしれません。
笑いと静けさが隣り合わせになっている作品であることを、あらかじめ念頭においておくとよいでしょう。
どちらの要素も丁寧に描かれているからこそ、多くの賞を受賞するほどの評価につながっているといえます。
シリーズ第1作という位置づけ
本作は成瀬あかりシリーズの第1作にあたります。
シリーズとして続編も刊行されているため、本作を読んで成瀬の世界に引き込まれた場合、続きが読みたくなる可能性が高いでしょう。
「1冊だけ読んで終わりにしよう」と思っていても、気がつけばシリーズを追いかけることになるかもしれません。
成瀬あかりという人物の魅力がそれほどまでに強烈であるという証拠でもあるのかもしれません。
おわりに——成瀬あかりに会う前と後では、何かが変わるかもしれない
『成瀬は天下を取りにいく』は、2024年本屋大賞と坪田譲治文学賞をはじめとする前人未到の16冠を達成したと話題になっているだけあって、多くの読者から熱い支持を集めている作品です。
しかし受賞歴の数字よりも大切なのは、読んだ後に何かが変わるような感覚がある、という声が多いことかもしれません。
成瀬あかりという人物は、ひと言で説明できないほど多面的で、それでいて一本筋の通ったキャラクターです。
「二百歳まで生きる」と宣言する少女の物語が、なぜこれほど多くの人の心を動かすのか——。
その答えは、おそらく成瀬の生き方そのものの中にあるでしょう。
人目を気にせず、失敗を恐れず、ただ自分の決めた道を進んでいく。
そのシンプルでいて実行の難しい在り方が、現代を生きる多くの読者の何かに触れるのかもしれません。
コロナ禍という時代を経た今だからこそ、閉店していく西武大津店の前に立つ成瀬の姿が、より深いところで響くものもあるでしょう。
2025年6月に文庫版が刊行されたことで、より手に取りやすくなっています。
成瀬あかりシリーズの第1作として、まずはここから読み始めることをおすすめします。
また、宮島未奈さんの作品に興味を持った方は、当ブログの関連記事も合わせてご覧いただけると、作品の世界をより深く楽しめるかもしれません。
この記事があなたの読書選びの参考になれば幸いです。
おわり
ジャケドロ661
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