「一番近くにいる他人」——現代の愛とパートナーシップを問う連作短編集
凪良ゆうさんの最新作『多類婚姻譚』は、2026年5月27日に講談社より刊行された連作短編集です。
電子版は5月26日に先行配信され、定価は2,090円(税込)、320ページに5つの物語が収められています。
発売直後に大重版がかかり、12万部を突破しているほか、第175回直木賞の候補作にも選ばれており、すでに大きな注目を集めている一作です。
本作のテーマは、現代に生きる人々の「パートナーシップ」と「愛のかたち」。
セクシュアリティやジェンダー、金銭感覚、世代間格差、成育環境——そうした多様な価値観がぶつかり合う場所に、ひとりひとりの人間が立っている姿を、凪良さんは丁寧に、そして鋭く描き出しています。
「一番近くにいる他人——こいびと」という表現が示すように、本作は愛する人との距離の近さと遠さを同時に見つめる物語です。
結婚や恋愛という制度・関係性を問い直したいと感じている人、現代を生きることの複雑さに言葉を探している人にとって、深く響く一冊といえるでしょう。
5つの物語が照らす、愛の多様なかたち
本作には、5つの短編が収められています。
「Thank you for your understanding」「Beautiful Dreamer」「小鳥たち」「Position Talk」「C’est la vie」——タイトルだけを見ても、それぞれの物語が異なる温度と色彩を持っていることが伝わってくるでしょう。
それぞれの作品は独立した物語でありながら、「現代に生きる人々と、そのパートナーシップ」というテーマのもとに結びついた連作短編集として構成されています。
登場する人々は、セクシュアリティやジェンダーのあり方が異なっていたり、金銭感覚や価値観が大きく違ったり、育ってきた環境がまるで異なっていたりします。
そうした差異を抱えながら、それでも誰かと関わり、誰かを愛し、誰かと生きようとする——その営みの複雑さと、どこかにある温かさを、5つの物語が照らしていきます。
ネタバレになる詳細は伏せますが、「パートナーシップとは何か」「結婚とは何か」という問いに、作品は単純な答えを用意していません。
それぞれの登場人物が、自分なりの答えを模索する過程そのものが、この物語の核心にあるといえます。
著者・凪良ゆうさんについて
凪良ゆうさんは、京都市在住の小説家です。
BLジャンルで高い評価を獲得したのち、一般文芸の世界でも精力的に作品を発表し続けています。
2020年に発表した『流浪の月』で本屋大賞を受賞し、その名を広く知られるようになりました。
さらに2023年、『汝、星のごとく』で2度目の本屋大賞を受賞。
2作での本屋大賞2度受賞は史上初の快挙であり、日本の文芸シーンにおいて特別な存在感を放つ作家となっています。
凪良さんの作品に通底するのは、社会の「当たり前」や「正しさ」からこぼれ落ちてしまう人々への、深いまなざしです。
どこにも完全には属せないと感じる人、自分のあり方に迷う人、誰かとの関係に傷を負った人——そうした人々の内側を、丁寧に、そして誠実に描くことで、多くの読者の心に届く作品を生み出し続けています。
今回の『多類婚姻譚』もまた、そうした凪良さんの視線が随所に感じられる作品です。
読みどころ
「一番近くにいる他人」という鋭利な言葉
「一番近くにいる他人——こいびと」という表現は、本作を象徴するキーフレーズです。
恋人や夫婦は、最も近くにいる存在です。
しかし同時に、どれだけ愛し合っていても、相手の内側を完全に理解することはできない。
その両方の真実を一文に収めたこの言葉が、本作全体を貫く問いを鮮やかに示しています。
パートナーシップとは「分かり合えること」だと信じていた人にとって、この問いかけは揺さぶりになるかもしれません。
それでも、分かり合えないことを知りながら共に生きようとする人々の姿が、物語の中に丁寧に描かれています。
多様な価値観の対立を、複数の物語で描く構造
本作が連作短編集という形式をとっていることには、必然性があります。
セクシュアリティ、ジェンダー、金銭感覚、世代間格差、成育環境——これらの要素はどれひとつとして同じではなく、人の数だけ違う組み合わせが存在します。
一つの物語だけでは、その多様さを描き切ることはできません。
5つの短編を並べることによって、「婚姻」や「愛」というテーマが、実はひとつの正解を持たない広大な問いであることが浮かび上がってきます。
それぞれの物語を読み終えるたびに、「自分ならどう感じるだろう」「自分にとってのパートナーシップとは何だろう」という問いが静かに積み重なっていく読書体験は、本作ならではの味わいといえるでしょう。
現代社会のリアルを内包した人物造形
凪良さんの作品が多くの読者に支持される理由のひとつは、登場人物のリアリティにあります。
本作に登場する人々もまた、現代社会の複雑さの中を生きているという実感を持って描かれています。
価値観の対立は、単純な善悪や正誤では片付けられません。
誰かにとっての「普通」が、別の誰かにとっては息苦しさの原因になる。
そうした現実のひりつきが、物語の中に丁寧に織り込まれています。
登場人物たちが抱える葛藤や迷いは、「どこかの誰かの話」ではなく、「もしかしたら自分自身の話かもしれない」と感じさせる普遍性を持っているといえます。
こんな人におすすめ
結婚や恋愛の「当たり前」に疑問を持っている人
「結婚はこういうもの」「恋愛はこうあるべき」という既成の価値観に、どこかしっくりこないものを感じている人にとって、本作は深く共鳴する一冊になるでしょう。
本作はその疑問を否定することも、肯定することも急ぎません。
ただ、さまざまな人々の姿を通して、愛とパートナーシップの多様なかたちを静かに示してくれます。
多様性や価値観の違いについて考えたい人
セクシュアリティ、ジェンダー、世代間格差、成育環境——こうしたテーマに関心がある人にとって、本作は具体的な人間の物語を通じてそれらを考える機会を与えてくれるでしょう。
概念や理論としてではなく、ひとりひとりの感情と生活のリアルの中に埋め込まれた形で描かれているため、より深く、より身近な問いとして受け取ることができるかもしれません。
凪良ゆうさんの作品世界に惹かれてきた人
『流浪の月』や『汝、星のごとく』など、これまでの凪良さんの作品に親しんできた読者にとっては、待望の新作です。
社会のはみ出しものを見つめ、人と人とのつながりを丁寧に描くという凪良さんの作家としての本質が、今作でも色濃く表れています。
これまでの作品で凪良さんの世界観に触れてきた人であれば、本作でも確かな読み応えを感じられるでしょう。
凪良さんの作品を初めて読む方には、本作と合わせて他の作品も探してみるのがおすすめです。
短編集の読み応えを楽しみたい人
320ページに5つの短編が収められているため、まとまった読書時間が取れないときでも、1編ずつ区切りながら読み進めることができます。
それぞれの物語が独立した完結性を持ちながら、全体として一つの大きなテーマを形作っているという構造は、連作短編集ならではの醍醐味です。
読む順番に沿って少しずつ世界が広がっていく感覚を、じっくりと味わえる一冊といえるでしょう。
注意点
価値観の対立が正面から描かれる
本作はセクシュアリティ、ジェンダー、金銭感覚、世代間格差、成育環境といったテーマを、人間の生活に根ざした形で正面から描いた作品です。
こうしたテーマに触れることで、読んでいて心がざわめいたり、自分の価値観が揺れるような感覚を覚えたりする場面もあるかもしれません。
それ自体が本作の力でもありますが、繊細なテーマが苦手な方は、自分のペースで読み進めるのがおすすめです。
物語は断罪や説教の口調では書かれていませんが、問いかけの鋭さは確かにあります。
明確な「答え」を求める読書には向かないかもしれない
本作は「パートナーシップとはこういうものだ」「愛はこうあるべきだ」という結論を提示する作品ではありません。
問いを問いとして残しながら、読み終えた後も考え続けることを静かに促す物語です。
読了後にすっきりとした解決感を求める方には、やや読み口が異なると感じられるかもしれません。
しかしその余白こそが、本作の奥行きであるともいえます。
おわりに
『多類婚姻譚』は、「婚姻」というタイトルを冠しながらも、結婚制度そのものを論じる作品ではありません。
セクシュアリティ、ジェンダー、金銭感覚、世代間格差、成育環境——あらゆる価値観の違いを抱えながら、それでも誰かと共に在ろうとする人間の営みを、5つの短編を通じて丁寧に照らし出した一冊です。
「一番近くにいる他人——こいびと」という表現は、読後になって初めてその深さが分かってくるかもしれません。
愛とは何か、パートナーシップとは何か——そうした問いを、読み手それぞれの中に静かに残していく物語です。
発売即12万部を突破し、第175回直木賞の候補作にも名を連ねている本作は、2026年の文芸シーンの中でも特に注目される一冊といえるでしょう。
本屋大賞を2度受賞した凪良ゆうさんが、今度はどのような世界を描いているのか——その答えは、ぜひ物語の中で確かめてみるのがおすすめです。
凪良さんのこれまでの作品にご関心がある方は、当ブログでもご紹介していますので、あわせてご覧いただけると嬉しいです。
この記事があなたの読書選びの参考になれば幸いです。
おわり
ジャケドロ661
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