
全七章で描かれる成長の軌跡
本作は七つの章で構成されており、 それぞれの章で科学部の活動と生徒たちの変化が丁寧に描かれています。
「人間はその気にさせられてこそ、遠くまで行ける」
夜の教室で輝く、もう一度の青春。
定時制高校の科学部が挑む、前代未聞の実験の物語。
伊与原新さんの『宙わたる教室』は、2024年第70回青少年読書感想文全国コンクール課題図書(高等学校の部)に選出され、NHKドラマ10としても放送された感動の青春科学小説です。
東京・新宿にある都立高校の定時制を舞台に、さまざまな事情を抱えた生徒たちと理科教師・藤竹が織りなす、科学を通じた再生と成長の物語です。
あらすじなど
物語の舞台は、東京・新宿にある都立高校の定時制。
そこには、それぞれ異なる事情を抱えた生徒たちが通っていました。
負のスパイラルから抜け出せない21歳の不良、岳人。
ゴミ処理業者で働きながら高校に通う彼は、 学校にも仕事にも希望を見出せずにいました。
子ども時代に学校に通えなかった、 フィリピン人の母と日本人の父を持つ43歳のアンジェラ。
料理店を営む彼女は、 授業についていくことを諦めかけていました。
起立性調節障害で不登校になり、 定時制に進学した16歳の佳純。
保健室登校を続ける彼女は、 クラスメイトとの距離に悩んでいました。
中学を出てすぐ東京で集団就職した70代の長嶺。
青年時代、 高校に通えず働くしかなかった彼は、 「もう一度学校に通いたい」という夢を抱いて定時制に入学しました。
年齢もバックグラウンドもバラバラな彼らのもとに、 理科教師の藤竹が赴任してきます。
藤竹は、 27歳で博士号を取得し、 研究論文が世界的な学術誌に掲載された優秀な研究者でしたが、 突如として定時制高校の教師になることを決意した謎めいた人物。
藤竹の導きにより、 生徒たちは科学部を結成し、 学会で発表することを目標に、 「火星のクレーター」を再現する実験を始めることになります。
教室に火星を作る――。
この前代未聞の挑戦を通して、 生徒たちは自分が抱える障害、 家庭内の問題、 断ち切れない人間関係などと向き合いながら、 少しずつ変化していきます。
実話に着想を得た感動の物語
大阪の定時制高校科学部の奇跡
本作は、 2017年に実際にあった出来事に着想を得ています。
大阪府のとある定時制高校の科学部が、 科学研究の発表会「日本地球惑星科学連合大会・高校生の部」で優秀賞を受賞しました。
さらに、 その独創的な研究発表が意外な人物の目に留まり、 「はやぶさ2」の基礎実験に参加するという想定外の事態にまで発展したのです。
伊与原新さんは、 この実話に深く感動し、 小説として物語を紡ぎました。
科学と人間ドラマの融合
伊与原さんは、 神戸大学理学部卒業後、 東京大学大学院理学系研究科で地球惑星科学を専攻し、 博士課程を修了した元研究者です。
専門は地磁気の研究でした。
2010年に『お台場アイランドベイビー』で横溝正史ミステリ大賞を受賞し、 作家デビュー。
2019年には『月まで三キロ』で新田次郎文学賞、 静岡書店大賞、 未来屋小説大賞を受賞しました。
そして2025年、 『藍を継ぐ海』で第172回直木三十五賞を受賞。
科学者出身の作家として、 科学的な正確さと人間の感情を見事に融合させた作品を生み出し続けています。
『宙わたる教室』も、 科学の面白さと人間の成長物語が自然に絡み合った、 伊与原さんならではの作品となっています。
作品の構成と読みどころ
全七章で描かれる成長の軌跡
本作は七つの章で構成されており、それぞれの章で科学部の活動と生徒たちの変化が丁寧に描かれています。
第一章「夜八時の青空教室」では、 藤竹の提案で教室に青空を再現する実験が行われ、 科学部が発足します。
第二章「雲と火山のレシピ」、 第三章「オポチュニティの轍(わだち)」と進むにつれ、 生徒たちは火星のクレーターを再現する実験に本格的に取り組み始めます。
第四章「金の卵の衝突実験」、 第五章「コンピュータ室の火星」では、 実験の難しさと向き合いながらも、 それぞれが自分の得意分野で力を発揮していきます。
第六章「恐竜少年の仮説」、 そして最終章「教室は宇宙をわたる」では、 科学部の実験が思わぬ展開を迎え、 生徒たちの挑戦が大きな実を結びます。
多様な登場人物の魅力
21歳の不良、 43歳のフィリピン系の女性、 16歳の体調不良を抱える少女、 70代の高齢者。
年齢も立場も抱える事情も全く異なる四人が、 科学という共通言語を通じて絆を深めていく過程は、 読者の心を強く打ちます。
彼らがぶつかり合いながらも、 それぞれが持つ力を合わせて成長していく姿は、 まさに「水を得た魚」のような勢いがあります。
科学の面白さを伝える描写

火星のクレーターがどのようにしてできたのか。
それを教室で再現するには、 どんな実験が必要なのか。
科学的な内容が難しくなりすぎないよう配慮されており、 理系が苦手な読者でも楽しく読み進められる工夫がなされています。
実験の試行錯誤の過程は、 科学研究の本質を伝えてくれます。
NHKドラマ10としても大反響
窪田正孝主演で映像化
本作は、 2024年10月8日から12月10日まで、 NHK総合の「ドラマ10」枠で全10回にわたって放送されました。
主演は窪田正孝さんで、 謎めいた理科教師・藤竹を演じました。
窪田さんがNHKのテレビドラマに出演するのは、 2020年度上半期放送の連続テレビ小説『エール』以来4年ぶりとなりました。
生徒役には、 小林虎之介さん(岳人役)、 伊東蒼さん(佳純役)、 ガウさん(アンジェラ役)、 イッセー尾形さん(長嶺役)という実力派キャストが集結。
脚本は、 映画『愛がなんだ』『ちひろさん』『アンダーカレント』を手がけた澤井香織さんが執筆しました。
原作者も感動した映像化
伊与原さんは、 ドラマの試写会で第1話を観た感想として、 「めちゃくちゃ良くて本当に感動しました。 続きを早く見たい」と語りました。
さらに、 「澤井さんの脚本、 出演者の皆さんのおかげで自分の原作の世界が何倍にも広がっているのを感じました」と、 制作陣への感謝を口にしました。
小林虎之介さんが演じる岳人の演技については、 「僕自身も周りに人がいなくて、 ひとりで観ていたら、 絶対に泣いていました」ときっぱりと語るほど、 原作者の心を揺さぶる出来栄えとなりました。
読み終わった後の問いかけ
「好き」を見つける勇気
本作は、 読者に「学ぶ」ことの本質を問いかけます。
「学ぶ」という行為は、 知りたいと思う「好奇心」から成るもので、 その人の可能性を広げ自信にもつながります。
科学部の四人は、 それぞれのタイミングで「科学」という「好き」を見つけ、 その情熱が彼らの人生を変えていきます。
年齢に関係なく、 人は「好き」を見つけることで輝けるのだと、 本作は力強く教えてくれます。
「その気にさせられる」ことの力
作中に登場する印象的な言葉があります。
「人間はその気にさせられてこそ、遠くまで行ける」
本作では、 藤竹がその役割を務めますが、 「その気にさせる」ことは、 周りの人が導いてあげないとできないことです。
長所を伸ばし、 可能性を追求し、 そんな環境を作ってあげること。
それが教育の本質であり、 人が人を支える意味なのだと、 本作は静かに語りかけてきます。
新たな一歩を踏み出す勇気
四人の生徒のうち二人は中年と高齢者です。
そのため、 本作は典型的な「青春小説」とは言えないかもしれません。
しかし、 新たな一歩を踏み出し、 可能性を追求して諦めない姿は、 年齢を問わず誰もが共感できる「大人の青春」そのものです。
読後、 「自分もまだやれることがあるかもしれない」という前向きな気持ちにさせてくれる作品です。
こんな人に特に読んでほしい
科学や学びに興味がある人
科学の面白さを知りたい人、 実験の楽しさを感じたい人には最適の一冊です。
難解な専門用語は使われず、 誰でも楽しめるように配慮されています。
人生の転機にある人
何かを始めたいけれど一歩を踏み出せない人、 新しい挑戦に不安を感じている人に、 本作は大きな勇気を与えてくれます。
年齢や立場に関係なく、 人はいつでも変われるのだということを教えてくれる物語です。
教育に関わる人
教師や指導者の方には、 「その気にさせる」ことの大切さを改めて考えるきっかけになるでしょう。
藤竹の教育者としての姿勢は、 多くの示唆を与えてくれます。
感動の物語を求めている人
静かで深い感動を求めている方には、 ぜひ読んでいただきたい作品です。
派手な展開はありませんが、 日常の中にある小さな選択、 静かな対話、 穏やかな成長の中に、 深い感動が込められています。
伊与原新ファン
『月まで三キロ』『八月の銀の雪』などの作品に感動した方、 そして直木賞受賞作『藍を継ぐ海』を読んだ方には、 伊与原さんの作家としての魅力を再確認できる作品となっています。
注意点など
科学の描写について
科学実験や理論の説明が登場するため、 理系の内容に抵抗がある方は最初戸惑うかもしれません。
ただし、 伊与原さんの文章は非常にわかりやすく、 一般読者にも理解しやすい配慮がなされています。
読むタイミング
自分自身が何かに挑戦したい気持ちがあるとき、 あるいは少し疲れて前向きになれないときに読むと、 より深く作品のメッセージが心に響くでしょう。
ドラマとの違い
ドラマは原作をベースにしながらも、 全10話に合わせてオリジナルの展開が加えられています。
原作とドラマの両方を楽しむことで、 より深く作品世界を味わうことができます。
おわりに:夜の教室から宇宙へ
『宙わたる教室』は、科学と人間ドラマを見事に融合させた伊与原新さんの代表作の一つです。
本作は、 2023年10月20日に文藝春秋より刊行され、 2024年には第70回青少年読書感想文全国コンクール課題図書(高等学校の部)に選出されました。
さらに、 窪田正孝さん主演でNHKドラマ10として映像化され、 大きな反響を呼びました。
定時制高校という舞台、 年齢もバックグラウンドも異なる生徒たち、 そして科学という共通言語。
これらが組み合わさることで、 誰もが共感できる普遍的な物語が生まれました。
「人間はその気にさせられてこそ、 遠くまで行ける」という作中の言葉が示すように、 人は誰かに導かれ、 支えられながら、 自分でも思いもしなかった場所まで到達できるのです。
夜の教室で始まった小さな実験が、 やがて宇宙へとつながっていく。
この物語は、 どんな状況にあっても、 人は学び、 成長し、 輝くことができるのだという希望を、 静かに、 しかし力強く伝えてくれます。
科学に興味がある人も、 そうでない人も、 今何かに挑戦したい人も、 人生の岐路に立つ人も。
すべての人に読んでほしい、 心温まる感動の一冊です。
この記事があなたの読書選びの参考になれば幸いです。
おわり
ジャケドロ661
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