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道尾秀介『I(アイ)』あらすじ・解説|どんな話かわかりやすく

小説

読む順番が、命の数を変える——道尾秀介さん『I』という体験

道尾秀介さんの新作『I』は、その構成そのものが話題を呼んでいる一作です。

集英社から刊行されたこの作品は、「ゲオスミン」と「ペトリコール」という2つの章から成り立っています。

ただし、通常の小説とは大きく異なる点があります。

どちらの章から読み始めるかを、読者自身が選ぶことができるのです。

そしてその選択によって、物語の結末が変わる——。

命の数が変わる——。

このような実験的な試みは、日本のミステリ文学においても稀有な存在感を放っています。

「読む」という行為そのものを問い直す作品として、多くの読者の間で注目を集めています。

(集英社文芸単行本)



二つの物語が交差するとき——あらすじ

『I』は、まったく異なる世界を生きる人々の物語が、二章にわたって描かれています。

「ゲオスミン」と題された章では、田釜という人物が登場します。

田釜はあるとき、ホームレスの野宮と知り合います。

野宮はかつて刑事だったといい、自らが経験してきた出来事を田釜に語り聞かせます。

語られる言葉のひとつひとつに、重みがあります。

田釜も、そして野宮も、それぞれに何かを胸の奥深くに抱えながら生きていることが、読み進めるにつれて伝わってきます。

一方、「ペトリコール」という章では、夕歌という高校生の姿が描かれます。

夕歌は硝子職人の律子と共に暮らしており、その日常には静かな温度感があります。

しかし夕歌には、過去に世間を震撼させた一家殺害事件の生き残りであるという、重大な背景があります。

彼女は誰にも打ち明けられない秘密を抱えており、その重さは物語全体に影を落とします。

二つの物語はそれぞれ独立しているように見えながら、読者の選択した順番によって、その見え方が根本から変わる構造になっています。

ネタバレには触れませんが、「命の数が変わる」という言葉の意味は、実際に読んでみてはじめて深く理解できるでしょう。

道尾秀介さんという作家について

道尾秀介さんは、日本のミステリ・エンターテインメント文学を代表する作家の一人として広く知られています。

その作品群は、巧緻なトリックと人間の心理描写を高いレベルで融合させていることで評価が高く、読後に深い余韻をもたらすものが多いと言われています。

ミステリの技法を用いながらも、人間の孤独や痛み、そして救いといったテーマを丁寧に掘り下げる姿勢は、多くの読者に支持されています。

受賞歴や代表作については、当ブログで確認できる範囲を超えた詳細は省略しますが、ミステリ好きの読者であればその名をご存じの方も多いでしょう。

道尾さんの作品に共通する特徴として、物語の構造そのものへの強いこだわりが挙げられます。

『I』においても、その姿勢はより先鋭化した形で現れており、「小説の読み方」という概念を揺さぶる試みへと結実しています。

道尾さんが積み重ねてきたキャリアの中でも、ひとつの到達点として語られる可能性がある作品といえるかもしれません。

受賞歴・代表作のさらなる詳細については、ぜひ書籍やご本人のプロフィールでご確認ください。

読みどころ

「読む順番」が生む、前代未聞の体験

この作品の最大の特徴は、やはり「読む順番によって結末が変わる」という構成にあります。

通常、小説は著者の意図によって順序が固定されており、読者はその流れに身を委ねるものです。

しかし『I』では、「ゲオスミン」から読むか、「ペトリコール」から読むかを読者自身が決める仕組みになっています。

この選択は、単なるギミックではありません。

どちらの順番で読んでも物語として完結しており、それぞれの読み順に対応した結末が用意されているのです。

つまり読者は、二度この本を手に取ることで、まったく異なる体験を得ることができます。

「命の数が変わる」という言葉が示すように、読む順番によって救われる命が変わるという構造は、読後にじわりと広がる問いかけをもたらします。

自分はなぜその順番で読んだのか——。

その問いが、物語の余韻とともに長く続いていくでしょう。

「ゲオスミン」と「ペトリコール」——言葉が持つ世界観

この作品では、二つの章にそれぞれ独特の名前がつけられています。

「ゲオスミン」とは、雨が降る前後に土から立ち上る独特のにおいの成分を指す言葉です。

「ペトリコール」は、雨が乾いた大地に触れたときに発生する、あの懐かしいような、どこか切ないような香りを指します。

どちらも「雨と土と匂い」に関わる言葉であり、この二章が緩やかに呼応していることを示唆しています。

章のタイトルそのものが、物語の温度感や雰囲気をていねいに語りかけてきます。

田釜と野宮が交わす会話の持つ湿度、夕歌が律子と過ごす日々の静けさ——。

それぞれの章が持つ「空気」が、これらの言葉と見事に重なり合っています。

タイトルひとつにまで込められた作者の意図を読み解く楽しみも、この作品の大きな魅力といえます。

人物が抱える「重さ」の丁寧な描写

「ゲオスミン」に登場する田釜と野宮、「ペトリコール」に登場する夕歌と律子——。

それぞれの登場人物は、読み進めるほどに、その人物が背負っているものの重さが浮かび上がってきます。

野宮が元刑事として語る言葉には、単なる過去話を超えた意味合いが潜んでいます。

夕歌が一家殺害事件の生き残りとして生きていることも、ただの背景設定ではありません。

人物の内面を急かさず、ゆっくりと積み重ねていく道尾さんの筆致は、この作品でも遺憾なく発揮されています。

読者はいつしか、登場人物たちが抱える重さを、自分のこととして受け止めながら読み進めていくことになるでしょう。

それはミステリとしての興奮でもあり、文学としての深みでもあります。

この二つを同時に体験できることこそが、道尾作品の真骨頂といえるかもしれません。

こんな人におすすめ

ミステリの「仕掛け」に驚きを求めている人

ミステリ小説において、読者の予想を超える仕掛けを楽しみにしている人には、特に響く作品といえるでしょう。

『I』は、トリックという概念を物語の構造そのものに埋め込んでいます。

謎を解くのではなく、読み方を選ぶことで結末が変わる——という体験は、ミステリ好きの読者にとって新鮮な驚きをもたらすでしょう。

従来のミステリの枠組みを超えた作品を探している人に、特に向いている一冊といえます。

人間の孤独や傷を描いた物語が好きな人

「ゲオスミン」「ペトリコール」いずれの章も、登場人物たちが何かを抱えながら生きている姿が丁寧に描かれています。

特に、野宮の語りや夕歌の秘密を通じて浮かび上がる人間の孤独感は、ミステリの文脈を超えた深みを持っています。

人と人がゆっくりと心を通わせていく過程を大切に描く物語が好きな人には、心に響く読書体験になるでしょう。

同じ作品を二度読む楽しみを知っている人

読む順番によって命の数が変わるという構成上、この作品は「二度読み」を前提としているともいえます。

一度目に選んだ順番で読んだあと、逆の順番でもう一度読むことで、まったく異なる物語として体験できるのです。

同じ作品を違う視点や文脈で再読する楽しみを知っている人、あるいはそのような読書体験をしてみたいと思っている人には、最適な作品といえます。

二度目に手に取ったとき、最初とは違う結末が待っているという体験は、他ではなかなか得られないものでしょう。

道尾秀介さんの作品を読んだことがない人

道尾秀介さんの名前は知っているけれど、まだ作品を読んだことがないという人が最初の一冊として選ぶにも、この作品は興味深い入り口になるでしょう。

構成の実験性が話題になっているため、作家への興味よりも先に「この仕組みが気になる」という動機で手に取る人も多いと聞きます。

道尾さんの文体や世界観を体験しながら、同時にその挑戦的な試みに触れることができる一冊です。

注意点

「実験的な構成」に戸惑うことがあるかもしれない

この作品は、読む順番を読者に委ねるという点で、通常の小説とは異なる体験を求めます。

普段、小説を決まった形で読むことに慣れている人にとっては、「どちらから読めばよいのか」という迷いが生じることもあるかもしれません。

ただ、どちらの順番から読んでも物語として成立するよう設計されているため、最初の選択に深く迷いすぎる必要はないでしょう。

直感や気分に従って選んだ読み順もまた、その読者だけの体験として意味を持つ作品といえます。

二度読む想定で時間に余裕を持って手に取るのがおすすめ

「命の数が変わる」という構成の本質を味わうためには、二つの読み順をどちらも体験することが理想です。

一度読んで満足してしまうと、この作品が持つ仕掛けの全体像を十分に体験できないことがあるかもしれません。

時間や気持ちに余裕があるタイミングで手に取り、一度目を読み終えたあとも本を手元に置いておくのがおすすめです。

二度目の読書体験に踏み出したとき、はじめてこの作品の真の設計図が見えてくるでしょう。

おわりに——選択が生む、物語の重さ

『I』という一文字のタイトルが意味するものは何か——。

読み終えたあと、その問いがじわりと浮かんでくるでしょう。

英語の「I」はいうまでもなく「私」を意味する言葉です。

しかし同時に、ローマ数字の「1」でもあります。

「命の数が変わる」という言葉を知った上でこのタイトルを見つめると、その重みが変わってきます。

読む順番を選ぶという行為は、一見ゲーム的な楽しさをもたらすように見えます。

しかしその選択の結果として「変わる命の数」を受け取ったとき、読者は単なる受け手ではなくなります。

物語の結末を選んだ存在として、その重さを抱えることになります。

これはミステリの技法を超えた、文学的な問いかけといえるでしょう。

道尾秀介さんが長年にわたって培ってきた物語への向き合い方が、この作品では構造そのものに結晶化しています。

「読む」という体験を、もう一度あらためて問い直したい人に、静かに届く一冊です。

(集英社文芸単行本)

この記事があなたの読書選びの参考になれば幸いです。

おわり

ジャケドロ661

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