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吉田篤弘さんの『月とコーヒー』をご紹介!あらすじなど

吉田篤弘

世界の隅に灯るあかり——吉田篤弘さん『月とコーヒー』の静かな宇宙

吉田篤弘さんの短編集『月とコーヒー』は、2019年2月に徳間書店から刊行された336ページの作品です。

24篇の短編が収められたこの一冊には、喫茶店の甘くないケーキ、世界の果てのコインランドリー、夜の配達人、空から落ちてきた天使——そういった、どこかで見たことがあるような、しかし確かに現実には存在しないものたちが丁寧に描かれています。

読み始めると、静かな夜の空気のようなものが全身をつつんでいくようです。

吉田篤弘さんの作品は、騒がしくありません。

声高に何かを訴えることもなく、劇的な展開で読者を揺さぶることも少ない。

それでも、読み終えたあとには確かに何かが残る。

そのことが、多くの読者に長く支持されている理由のひとつでしょう。

「忘れられたものと、世の中の隅の方にいる人たちを描いた、とっておきの24篇」——そう紹介されているこの作品集は、日常のすき間に差し込む月の光のように、ひっそりと、しかし確かに輝いています。

月とコーヒー


世界の果ての物語たち——あらすじ

『月とコーヒー』に収められた24の物語は、それぞれが独立した短い宇宙です。

喫茶店〈ゴーゴリ〉では、甘くないケーキが静かに供されています。

世界の果てにあるコインランドリーには、トカゲ男が通い続けています。

映写技師のもとへ、夜にサンドイッチを届ける配達人がいます。

トランプの束からジョーカーが抜け出して、どこかへ向かっています。

赤い林檎に囲まれた場所で、青年がひとり青いインクをつくっています。

三人の年老いた泥棒が、何かをたくらんでいます。

空から天使が落ちてきます。

そして、終わりの風景を映し出す眼鏡があります。

これらの物語に共通しているのは、世の中の中心からすこしだけ離れた場所に生きる人や存在たちが主役であるということです。

華やかではなく、目立つわけでもない。

それでも確かに、そこにいる——そういう存在たちの息遣いが、24篇を通じてそっと伝わってきます。

ネタバレなしでお伝えできるのはここまでですが、各篇はどれも短く、一篇読むごとに深呼吸したくなるような余白があります。

電車の中でも、眠る前のベッドの上でも、コーヒーを飲みながらでも——どんな場面にも馴染む、不思議な読み心地の一冊といえます。


「クラフト・エヴィング商會」という世界——著者について

吉田篤弘さんは1962年、東京都生まれの作家です。

妻である吉田浩美さんとの共同名義「クラフト・エヴィング商會」としても活動しており、文章と装丁・デザインの両面から本づくりに携わっていることで知られています。

2001年には、クラフト・エヴィング商會として第32回講談社出版文化賞ブックデザイン賞を受賞しています。

代表作には、2009年に映画化もされた『つむじ風食堂の夜』があります。

そのほか、『それからはスープのことばかり考えて暮らした』や『なにごともなく、晴天。』、『空ばかり見ていた』なども広く読まれています。

吉田篤弘さんの作品には、食べものや飲みものがよく登場します。

コーヒー、スープ、ケーキ——それらは単なる小道具ではなく、物語の空気そのものをつくるものとして機能しています。

文章のリズムと、作品全体に漂う独特の静けさは、吉田篤弘さんにしか描けないものとして評価が高く、根強いファンを持つ作家といえます。

今回ご紹介する『月とコーヒー』も、そういった吉田ワールドの魅力が存分に詰まった一冊です。


読みどころ

「隅」の美学——忘れられたものへのまなざし

この作品集の核心は、「世の中の隅の方にいる人たち」への眼差しにあります。

トカゲ男、年老いた泥棒、夜の配達人——どの物語の主人公も、日常の表舞台に立つ存在ではありません。

しかし吉田篤弘さんは、そういった存在たちをいとおしむように、ゆっくりと描いていきます。

「忘れられたもの」という表現が作品の紹介文に使われていますが、それは単なる哀愁や郷愁ではなく、見過ごされてきたものへの静かな肯定のように感じられます。

世界の中心でなくても、華やかな舞台に立てなくても、確かに存在することの美しさ——そういったテーマが、24篇を通じて一貫して流れているといえます。

「隅にいること」を肯定されるような感覚は、多くの読者が共鳴できるものではないでしょうか。


短編ならではの余白の豊かさ

24篇という数からも想像できるとおり、一篇あたりは短く、凝縮されています。

短い物語であるがゆえに、書かれていないことが多い。

登場人物の過去も、物語の続きも、すべては読者の想像に委ねられています。

この余白の豊かさが、吉田篤弘さんの短編の大きな魅力のひとつです。

読み終えたとき、「この人物はこのあとどうなったのだろう」「あのコインランドリーには、今日もトカゲ男が来ているのだろうか」——そういった余韻が、じんわりと広がっていきます。

一篇読んでは少し間を置き、また一篇読む。

そういうゆっくりとした読み方が、この本の読み心地にとても合っているといえます。


コーヒーと月が象徴するもの

タイトルの「月とコーヒー」という組み合わせが、すでにこの作品集の空気を表しています。

月は夜に輝くもの。

コーヒーは、ひとりで向き合う時間に飲むもの。

どちらも、騒がしい昼の世界とは少し距離を置いた、静けさの中にあるイメージです。

この本を読む時間もまた、そういった「静けさの中の時間」として機能します。

眠る前の、ほんの少しの時間。

外が暗くなった夜に、温かいカップを手に持ちながら。

そういう場面でこそ、この24篇はより深く響くかもしれません。

タイトルが示す世界観と、収められた物語たちが、見事に一致している一冊といえます。


こんな人におすすめ

短編小説の独特の余韻が好きな人に

長い物語の起承転結よりも、短い物語のあとに残る余韻を好む人にとって、この作品集はとりわけ相性がよいといえます。

吉田篤弘さんの文章は説明過多にならず、必要最低限の言葉で世界を描きます。

そのぶん、読み終えたあとに自分のなかで広がっていくものが大きく、短編特有の「余韻を味わう喜び」が存分に得られる一冊です。


日常の疲れを癒やしたい人に

忙しい毎日の中で、ただ静かに本を読みたいと思ったとき、この本は穏やかな場所へ連れていってくれるかもしれません。

激しい展開や、心をざわつかせる展開は少ない。

世界の隅の方にいる人たちの、ささやかな物語を読むことで、日常のペースをゆっくりと取り戻せるような感覚があります。

寝る前の読書にも向いているといえます。


吉田篤弘さんの作品をはじめて読む人に

『つむじ風食堂の夜』や『それからはスープのことばかり考えて暮らした』など、吉田篤弘さんの長編作品はどれも好評を得ています。

しかし、はじめて吉田篤弘さんの作品に触れる人にとっては、短編集であるこの『月とコーヒー』が入門として適しているといえます。

一篇が短いため、吉田ワールドの雰囲気をさっと確認してから、長編作品へと進むという楽しみ方も自然にできます。

当ブログでも吉田篤弘さんの別の作品をご紹介していますので、あわせてご参考になれば幸いです。


夜に読書を楽しむ習慣のある人に

月の光のような雰囲気を持つこの作品集は、夜の時間帯に読むことで、より深くその世界観に入り込めるかもしれません。

昼間の明るい場所でももちろん楽しめますが、夜の静かな部屋で、一篇ずつ読み進めていくという時間は、特別なものになるでしょう。

コーヒーや紅茶と一緒に手元に置いておきたい一冊です。


注意点

「何かが起きる」ことを期待すると肩透かしになるかもしれません

吉田篤弘さんの作品全般にいえることですが、この短編集にも劇的な展開や、息をのむようなサスペンスはほとんどありません。

トカゲ男が登場し、ジョーカーがトランプから抜け出すという設定は確かに非現実的ですが、物語の運びはどこまでも穏やかです。

「何かが大きく動くこと」よりも「そこにある空気や感触を味わうこと」を楽しむ読書が合っている人に向いているといえます。

ページをめくる手がとまらないスピード感や、次の展開への強い引っ張りを求めている場合は、少し物足りなさを感じることもあるかもしれません。


各篇が独立しているため、物語の続きはわかりません

24篇はそれぞれ独立した短編であり、登場人物たちのその後が語られることはありません。

「あのキャラクターのその後が気になる」という感覚は、この本を読んでいると必ず訪れます。

しかしそれは、著者が意図的に生み出した余白であり、読者それぞれが想像で補うことを前提とした設計といえます。

「続きが読めない」ことへのもどかしさも、この本の読み心地のひとつとして受け取ると、より豊かに楽しめるでしょう。


おわりに——月の光は、静かに届く

『月とコーヒー』を読み終えたとき、何か大きな出来事があったわけではありません。

誰かが劇的に変わったわけでも、世界が動いたわけでもない。

それでも、読み終えたあとの部屋の空気が、すこし変わったような気がする——そういう不思議な読後感が、この本の最大の魅力といえるかもしれません。

吉田篤弘さんは、世の中の隅にいる存在たちを描くことで、逆説的に「世界はこんなにも豊かである」ということを伝えているようです。

トカゲ男がコインランドリーに通うことも、年老いた泥棒たちがたくらみを続けることも、終わりの風景が見える眼鏡が誰かの手元にあることも——それらすべてが、世界の多様さと奥行きのあらわれです。

24篇を読み終えるころには、自分の周囲にある「見過ごしてきた小さなもの」へのまなざしが、すこし変わっているかもしれません。

月の光は、太陽のような強さを持ちません。

しかし夜の暗がりの中では、月明かりだけが頼りになることがある。

この作品集もまた、そういう存在です。

騒がしい日常の中では見えにくいけれど、静かな夜に手に取ると、確かな光を届けてくれます。

忙しい日々の中に、こうした「月の光のような一冊」を持っておくことは、日常をほんのすこし豊かにしてくれるのではないでしょうか。

月とコーヒー

この記事があなたの読書選びの参考になれば幸いです。

おわり

ジャケドロ661

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